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広島高等裁判所 昭和31年(ま)2号 決定

申立人 竹下敬次

訴訟代理人 原田好郎

主文

請求人に対し金三万五千円を交付する。

理由

本件補償請求の要旨は、請求人は器物損壊、強姦致傷被告事件について起訴公判に付せられ、昭和三十一年五月八日広島高等裁判所において強姦致傷の点につき無罪の言渡を受け同判決は同月二十三日確定した。よつて未決勾留による刑事補償を求めるというのである。

よつて請求人に対する前記被告事件記録を調査してみるに、請求人は器物毀棄、脅迫被疑事件について昭和三十年四月二十八日現行犯逮捕せられ、次いで同月三十日山口簡易裁判所裁判官発付の勾留状により抑留せられ、同年五月十二日強姦致傷器物損壊の公訴事実について山口地方裁判所に起訴せられた。そこで同裁判所は同年六月八日第一回公判を開廷して審理したところ、被告人が器物損壊の点を自白し強姦致傷の点を否認したので検察官において器物損壊に関する証拠の全部及び強姦致傷に関する証拠の一部を提出し、その証拠調をなし強姦致傷に関する証拠調のため審理を続行し、同年七月十六日裁判所外における証拠調をなし、同年九月七日から同年十一月二日までの間に三回公判を開廷して審理を続け、同月二十一日第五回公判廷において全公訴事実を有罪と認定し、「被告人(請求人)を懲役三年に処する。未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。」旨の判決を言渡した。ついで同月二十九日請求人が広島高等裁判所に控訴したので、同裁判所においては同三十一年二月七日第一回公判廷を開き、同年三月二十四日強姦致傷の点について検証並びに証人尋問をなし、同年月四十九日勾留取消決定をなし(即日釈放)同年五月八日原判決を破棄し、強姦致傷の点は無罪、器物損壊の点について被告人(請求人)を懲役四月に処する。但し原審の未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する旨の判決を言渡し、同判決は同月二十三日確定した。その結果右懲役四月の刑は確定と同時に執行するものとすれば、同年九月二十二日の経過と共に終了すべきところ、原審の未決勾留日数中六十日を裁定通算し、原判決破棄の結果控訴審の未決勾留日数を法定通算されたため刑期を満たし、なお残余があり、従つて検察官においては前記判決確定と同時に刑期を満了したものと認め刑の執行指揮をしなかつたものであることを認め得る。以上で知られるように、本件については公訴事実中有罪となつた器物損壊についてのみ勾留がなされ、無罪となつた強姦致傷については勾留状が発付されていないものであるところ、前記認定事実及び記録に徴すると、強姦致傷の点についても勾留の要件を具備しているものと認められるのに拘らず、検察官が同公訴事実について敢て勾留の請求をしなかつたのは、器物損壞に関する既存の勾留によつて完全に身柄拘束の目的を達していると解したことによるものであり、又裁判所も同様の見解によつて新な勾留状を発付しなかつたものであることを看取し得る。してみれば、器物損壊に関する勾留は強姦致傷の公訴事実に利用せられその効果は被告人の身柄につき後者にも及んでいたものと解すべく(昭和二八年(あ)第五〇四七号昭和三〇年一二月二六日最高裁判所第三小法廷判決参照)、斯る場合無罪となつた強姦致傷の点について相当な刑事補償を請求し得ることは刑事補償法第三条第二号の法意に照し明瞭である。よつて補償の日数及び金額の点について検討してみるに、本件各公訴事実審理の経過並びに記録に現われている諸般の事情を綜合勘案すれば、請求人に対してはその全拘禁日数三百五十八日(昭和三十年四月二十八日より昭和三十一年四月十九日まで)中懲役四月の刑期に裁定又は法定通算された未決勾留日数計百二十三日を控除し、更に器物損壊の公訴事実に関する一審裁判所の審理に必要且つ相当と思料される六十日を差し引き、残余の百七十五日に対し一日金二百円の割合による合計金三万五千円を補償するのが相当と認める。

よつて刑事補償法第十六条前段に従い主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 伏見正保 裁判官 村木友市 裁判官 小竹正)

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